8年前、21才の自分の日記(クロッキー帳)を見つける。
当時僕は世間一般で言う時間を持て余していた大学生だった
はまっていたグラフィティを鉛筆で書いてる下手くそな1ページから始まって
仲良くなったおしゃれでイケメンで飯も美味いモテモテなDJ友達からCDを借りてきて
初めてHOUSE MUSICに触れた日のこととか
それをWORLD MUSICと呼んでるとことか
好きな女の子のこととか
その子にLIVEに誘われたこととか
ラーメン食いに行ったけど
その娘を前に全然おもしろいこと話せない自分にげんなりしてるとことか
好きだけどどうせ俺だせえからどうしようもねーじゃん的なこととか
勉強しろとか
時間がねえとか
節約しろとか
タバコ辞めろとか
やっぱ無理とか
自信ねーとか
彼女ほしーぜとか
金ねーけど遊ぶのは大好きで
寂しがりやで
かっこいいやつに憧れたり
そいつと比べて自分のだささに心を痛めたり
抑制きかない自分をなぐさめたり
それが繰り返す毎日を嘆いていて
変わる事を望んでいるばかりで
自分が変わろうともせず
動こうともせず
ただ嘆いていて
なんでそうなのかも分からなくて
結局全然日記も続いてなくて
最後は「やれるよお前なら」で終わって
ポジティブなのは変わっていなくて
ただ書きなぐった駄文だけども
そんな自分がいたことを思い出した
@1ヶ月前に投稿・リアクション: 1件
Keep It Cheap live in LOS ANGELES - @wackmann | Webstagram
@2ヶ月前
そもそも自分は何者でもないのに(勿論個人ではあるけれども)あたかも何者かであるかのように振る舞って来たんだなって。
元来、寂しがり屋なので、そうすることでありがたいことに沢山の人と出会える事ができて楽しい時間を過ごしたし、時間を共有できる仲間や恋人も出来、それぞれに頼り、甘え、そして裏切ってしまい、愛想を尽かされた。
心に空いた隙間を埋めるつもりで、また新しい拠り所を探す。
見つかったのはいいが今度はそれを守るのに必死で少しずつ何も見えなくなっているのに気づかなかった。
しまいにゃ脅迫観念すら覚えるようになってしまっていて、もう無理なのは分かってはいるけどどうしようもなくて
それでもまだまだ動こう、まだまだ何か出来るよと思っていた。
そう言い聞かせることが良しとも考えた。
俺が頑張ればまた皆と楽しくやれる。
その頃には何も見えなくなっていた。
ほんとドツボです。底無し沼。
見かねた友人が「なんで焦ってんの?もっと楽しくいこうよ。」って。
言われるまで全く考えてなかった。
自分が楽しくすることなんて。
確かに全然、楽しくなかった。
何やってんの俺
これじゃだめだ
ああ変わんなきゃって思った。
@4ヶ月前
四軒目で二杯目を頼もうとするとオーナーからもう閉めるよと言われる。残った面子でラーメン屋に行くらしく、2件目でイタリアンをタラフクくわせてもらったので、ラーメンは食いたくなかった。でもどうしても飲み足りなく、別に断わる理由も無かったので、そこでは瓶ビールを何人かでシェアすることにした。歩いて5分ぐらいのとんこつラーメン屋は朝五時ぐらいまで開いていてる。注文をとりに来る50才手前ぐらいのおかあさんの笑顔に思わず「ナイス笑顔!」と言ってしまうぐらい安堵して、もう機嫌を取り戻していた。
何故か眠気が無くて、
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@8ヶ月前に投稿・リアクション: 4件
小学校か中学の時に夏休みBSアニメ特番で見ていた「ぼくの地球を守って」のエンディング。
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@11ヶ月前に投稿・リアクション: 1件
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